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株式会社創芸スタッフのお届けする日々の業務日記です。
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創造と信頼

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おはようございます。

今日は、温かで穏やかな朝です。
この青空の下、東北地方で起きた震災のことを考えると
悲しくなりますが、復興して街の賑わいが戻ること信じています。

小さなことかもしれませんが私は、自分やれることを、しっかりと行って
行きたいと思います。

毎日、防災・地震・原子力発電の情報が、テレビから流れています。
建築に携わる仕事柄、見入ってしまいます。

以前の阪神大震災が起こった時は、高松にいましたが、交通手段が回復すると
同時に、心配でしたので働いていた神戸の設計事務所を訪問しました。

神戸は変わり果てていました。

その事務所は倒壊は免れましたが、被災したため大阪と神戸に事務所を分けて
何とか耐え忍び、数年後は元のようなスタイルで運営を再開しました。

この設計事務所が入っていた建物は、「海岸ビルヂング」と呼ばれていた建物で
明治・大正・昭和初期の建物が残る居留地というエリアにありました。

居留地には「海岸ビルヂング」という名前の建物は、二つ残っていました。
二つの「海岸ビルジング」は共に、ドイツ風のルネッサンス様式の端正なファサード
を持っていました。

立面は、装飾された御影石の窓台・ボダーなどで構成されていて、構造は煉瓦造りでした。

一つは海岸通りの六丁目にあり、当初は4階建てのビルで「三井ビル」と
呼ばれていました。大正14年竣工の建築物です。

もう一つは、私の働いていた事務所が入っていたビルで、海岸通り三丁目にあります。
この建築は、3階建ての事務所ビルで、昔は「日濠館」と呼ばれていました。
明治44年竣工の建築物です。

当時、私の働いていたビルを「小さい海岸ビル」と呼んでいました。

その二つのビルの設計者は、明治・大正の活躍された河合浩蔵という建築家で、
大阪の裁判所・神戸地方裁判所などを設計されています。

この二つのビルが、震災に遭いました。
「三井ビル」と呼ばれた海岸ビルヂングは、利用できない状況になりました。
(現在は、外部立面保存を行い新しいビルとして生まれ変わっています。)

その時に、小さな海岸ビルヂングは、クラックこそ入りましたが補修を行い利用
出来る状況でした。

そして、他のビルと比べて被害が少ないのに私働いていたの設計事務所の所長が、
気が付き調べ始めました。

そうすると、この建物を造るにあたり当時日本になかった耐震レンガを輸入して
建築されていたことが判りました。そして1階部分に関しては、スラブが地震に強い
ような構造(アーチが連続する構造)で出来ていました。

それを聞いて、当時の世界基準の材料と工法を駆使して地震に備えていたので、感動
と共にその姿勢に脱帽しました。
明治44年当時の最高の技術が、多くの人の命を救いました。

東日本大震災での福島原発の被災についても、建築当時の最高の防災技術を導入して
建てられています。

建築・土木共に設計計画の予想を大きく上回る地震・津波でした。
それは十分、みなさんも理解していると思います。

また現在も福島原発は、予断をゆるさない状況ですが、知識の連携をして、
何とか回避して日本の技術力を世界に示してほしいと思います。

不安を払拭して、建築・技術への信頼感を取り戻してほしい。

応援しています。 

また住民にとって、早く暮らし易く安全な環境に戻ること心よりお祈りします。




海岸ビルヂング   小さな海岸ビルヂング



設計室 K








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